とりとめのない話
毎日息を切らしながら生きている。
職場復帰して3ヶ月。
事前に想像していたよりも全然余裕がなくて、日々ゼーハー言っている。
なんだか酸素が薄い。
ブランクのせいなのか、周りがものすごいスピードで成長しているからなのか、はたまた世の中の変化のスピードが凄まじいからなのか、コテンパンにやられて打ちひしがれている。
育休に入るまでは、自分が絶望的に仕事ができなくて悔しい、というほどではなかったと思うんだけどな。はて。
娘も随分大きくなって、毎日とりとめのないおしゃべりを仕掛けてくる。
おしゃべりといってもせいぜい二語文か三語文で、それもものすごい片言で、こちらは想像力を働かせていろんな情報を補足しながら話を聞く。
保育園の友達や先生の名前、好きなキャラクター、食べ物、保育園で起こりそうな出来事。
起きてから保育園に送り届けるまでと、保育園から連れて帰って寝かしつけるまで。
せいぜい5時間ほどのことなのだけど、これが私にとっては大変疲れることで、寝かしつけが終わるとほぼ毎日漏れなく「しんどい」とつぶやいている。
とにかく自分のペースで物を考えることができない。
今日の仕事の反省、残りの平日の晩御飯のメニューと簡単な段取り、保育園の連絡帳に書くネタと、仕事や行政関係の細々した事務手続き。
書き出してみると非常に些細なことなのだけれど、なかなか落ち着いて取り掛かることができない。
いつも途中で邪魔が入り、思考を中断せざるを得ない。
こういう生活はボディーブローのごとく地味に効いてくるようで、ここ数週間は目に見えて仕事の効率が落ちた。
というか、もうある地点を超えると頭が全く働かなくなる。
「無理無理。無理だって。とりあえず休ませろって」
頭の中から声が聞こえる。
ひたすら残業が続いた時の精神状態に近い。
そんなこんなで、定時に帰っているくせに本人はめちゃくちゃつらくて、なおかつそれを職場でなかなか言えないという状況に疲弊しきってしまっていた。
これは良くないね。
来週は夏休みなので、少し改善されると思うのだけど。
心でも頭でもどっちでもいいんだけども、そこにバケツがあるとして、それがつまりキャパシティってことなんだけど、それが満タンになって溢れている状態なので、とりあえず吐き出してみることにした。
書いてみる、口に出してみるというのは非常にいいことらしい。
文字にしたり声にしたりした瞬間に、辛いことや悩み事は心の中を離れて、手放せるものらしい。
全く整理できていないのだけど、今回はただ自分の中のモヤモヤを手放すためだけに記事を書きました。
なんか色々考えることはあって、言葉に、文字にしたくて、匿名でブログなりnoteなり作ろうかなと思っているのだけど、いかんせん時間がない。
こうやって試行錯誤したことを残しておくのってとても大事なことのような気がするのだけど。
夏休みの多摩川。
雨が降ったせいか随分水位が上がっている。
今年の夏は異常気象だったな。
でも朝晩はずいぶん過ごしやすくなった。
少しずつ、でも確実に夏は終わりに近づいているのだ。